004先日。。
 まちの案内人の勉強会の一つ。。
視察研修に出掛けてきました。
 木曽義仲が。。
都へ進軍した。。
足跡を。。
辿る旅。。

  上信越道。。妙高高原近くから。。
   関山神社へ。。
005
妙高山を信体山として祭る
里宮。。



紅葉も未だ残っていました。
池の中程に。。
 鯉か金魚かが。。
006    ドカンの中からはみ出るほどに群れていました。










019治承五年(1181年)
木曽義仲が奉納された
 妙高三尊阿弥陀如来
  『妙高堂』に安置されていますした。
 例年7月1日の山開きの時には
  燕温泉仮堂で御開帳されるそうです。




039
宮崎城跡
 の散策

 木曽義仲に属し。。
 倶利伽羅峠の
合戦に。。
 大役を担った。。
 宮崎太郎長康公。。

後白河法皇の子。。
似仁王の
028第一子。。

 北陸宮は木曽義仲の後援を得て。。
皇位を。。願うが。。
 木曽義仲の敗死により。。。
支持勢力を失い。。
  などの。。
お話を。。
うかがいました。。

062

宿は。。呉羽ハイツ。。
 夕食も。。
豪華な。。山海の。。
  そして。。
めずらしい。。果物。。達でした。。
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