065木曽町環境協議会の
ネイチャーマイスター講座の一つ
今回は。。
あの。。西部地震の
崩壊現場を。。
見ながら。。の勉強会(40名参加)。。
 御岳山に関する事は。。
とても興味があり。。
 こんな機会は。。滅多に無いのでは。。と。
参加。。してきました。
078 あの大地震は。。
1984年(S59年)9月14日午前8時48分
 マグニチュード6,8
震源は御嶽湖北方のゴルフ場。。深さ2Km(気象庁発表)
一方 王滝村付近の深さ3,3Km
  (名古屋大学発表)の説があります。
当日も。。地質調査の為に。。
移動中だった。。
酒井潤一先生(信州大学名誉教授、現 野尻湖ナウマンゾウ博物館館長)
081 ご案内で。。
移動のバスの中。。
その時の様子を。。話されました。
丁度その時、信大の学生さん達と。。
前日、王滝営林署の寮に宿泊。。
 三岳倉本川沿いの地質調査をされていました。
14日朝。。寮を8時に出発。。
三岳黒沢を。。少し過ぎた。。辺りで。。
その地震に遭遇。。
 前を走るトラックが。。左右に大きく揺れて。。
091何だか。。酔っ払った。。。感。。
 左崖上から。。小石や木々が。。落ちて来て。。
これは。。異常。。事態と。。感じられた。。
 その日は。。帰宅し。。
地震三日目に天候が回復した時。。
初めて。。御岳山の大崩壊が。判り。。大騒ぎとなった。。
 との事。。
酒井先生は9月26日
地震が起きて。。12日後。。
 6名で。。その調査に。。
入られました。
 地震は。。
092直上では無く。。
 10km以上も離れた。。御岳山南斜面で
大崩壊が発生したのか?
 大崩壊の現場を。。
真近に。。見に出かけました。
 崩壊の土砂は。。
3,600万㎥にもなり。。
10トンダンプで。。720万台分にもなるそうです。
 そんなダンプを並べると。。地球を一周してしまう。。
080この多量の土石流が。。
 伝上川〜濁川〜王滝川の8Kmを。。
7分間で。。流れ下ったそうです。。
調査時。。
 道の確認に。。
酒井先生が。。
付けられた、木の幹への印痕。
 そんなお話の中。。
御嶽の峰が。。一瞬にして。。谷と化し。。
80万年前の噴火から何度かの噴火を繰り返し。。
最後の噴火は凡そ6万年前。
 一番印象に残ったのが。。
 地震のきっかけ095は。。
斜面に黄色く見えるのは。。
千本末軽石と呼ばれる、軽石の層。。
谷を埋めるのは100m以上の溶岩と火山砕屑物。
大量の雨(直前に120mmの雨)が地震の揺れによって。。
軽石の層に地下水を含むと。。
 液状化し。。地層なだれを。。

引き起こしたのではないか。。との。。事。。でした。
安山岩で椀かけ調査。。
の実験を行いました。
 茶色い土082の中に含まれる黒色の鋼物を。。
乾燥させ。。
 ルーペで観察しました。
キラキラ光る輝石斜長石など。。
 手の甲に乗せた。。石が。。
。。輝いて見えました。 

道中には。。いろんな花や木々の
勉強会も。。
ヤマハハコやゴゼンタチバナの赤い実 など。。099
そして。。ナナカマドなどの。。紅葉も。。
始まっていました。
 福島や王滝の小学生や父兄の皆さん。。
一番元気なのは。。
やはり。。
子供達。。でした。
 笹薮は刈り込んで。。
整備はされていましたが。。
大きな倒木あり。。
 急坂あり101。。
岩を。。よじのぼり。。と。。
結構ハードな。。行程でしたが。。
 皆さん。。無事に。。田の原の。。
駐車場に。。辿り着き。。
 本当に。。
 いい。。
経験と勉強にになりました。