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今朝の気温2度、室内12度。曇り
 昨日は観光案内の勉強会。
 まちづくり木曽福島(株)まちの案内人の会、ベテランのMさんが少しでも皆さんが案内人として早く一人前に活動出来ますように・・・と
   講師をかって出て下さいました。

 広小路プラザに集合した11名。
 先ず役場前角間薬局の土蔵辺りが本陣跡、この前真っ直ぐ大手橋その先に見える代官屋敷、そして、八十二銀行の通りが京・・・江戸方面です。
 左真っ直ぐ先を見ると福島関所。
これが、江戸時代庶民がお侍や大名が通った中仙道です。
 道を進み周りの山々と街道の様子を何度も何度も確かめながら、ここで、お客様に福島の街の様子を見て頂きそして感じて頂き、ながらと細かいご指導を受けました。
 やがて上の段坂又の名をカモイ阪を登ると西門、塀の高さや釘一本使用せずに再現されたの等の苦労の痕。東門・江戸へと向かう坂が池井坂
 片側は切り立って見える山の間にも逃げ人を逃さぬ柵があり、この峰は3000m級の山へと続く絶対に逃げられぬ堅固な関所。

 中仙道の道巾は以前は三間ありました。
現在関所下の道センターライン辺りまで。その前は木曽川へと落ちる道は江戸で非常事態の折にもこの関所で、必ず食い止める事が出来ました。

 木曽の代官は山村家。一つの家で270年間守り通した事は大変珍しい事で、幕府からも一目置かれていた。

 敷地跡が福島関所の場所です。今の建物は九戸のお関番所の役宅がならんでいた場所に建てられました。

昭和54年、国の史跡に指定された。
 ここでは出女、入り鉄砲の取り締まりが厳しかった事。

 前の歌碑には、アララギ派 太田水穂
”山蒼く
  暮れて夜霧に 灯をともす
       木曽福島は 谷底の町”
福島を谷底と詠ったこれは・・・・Mさんはこの詩は何処で詠まれたのかも、調べて居られ、関所の前木曽川対岸は代官屋敷があり、その未だ左上方、のあの家です。
 以前は氷餅を作っておられたお宅・・・・
昔はあそこに一軒だけ町の監視をしていた所です。

 案内して下さる人それぞれに、いろんなお話を伺う事が出来ました。