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15日に奈良や千葉からの来客がありました。もう20年も前奈良市民生協を支え、活動されて来た市民活動への深い熱い想いを何時お逢いしても感じる方たちです。私は生協の一組合員でしたが、呉服の展示会開催を機に生協の呉服商務担当として勤務する事になり、最初の展示会では職員や理事さん、呉服に知識のある組合員総出で展示会を盛り上げ2千5百万を売り上げました。呉服は五層倍と云われ、一枚の反物は値があって無い様な物、適切価格での販売や無駄な買い物はしないように、着物選びは洋服と同じ、好きな配色で、楽しんで、着て頂けるように等、灘神戸生協の全面のバックアップがあり、充実した展示会ではありましたが、呉服の難しさに一人の職員が病に倒れ、これは致し方ないとして、次に配置された職員は配送が嫌で、呉服担当になったものだから全くやる気が無い、次の展示会では、4千5百万を売り上げましたが、『経理へ行ってきます』と部屋に山となった反物を尻目に全然やる気なし・・・・この山となった反物を一人で処理することになりました。反物届けは包装紙に包んで、お仕立ては採寸票を確認して仕立てに廻し、クレーム処理はこれはその職員さんに運転してもらいお客様の要望に答え乍らの対応。仕事の忙しさは返ってやる気の出る性分ですが、やる気の無い人との共同作業はどんなにか疲れが倍増したことか!そっと差し入れし、気を使ってくれていたKさんも居て又日本全国の紬が一同に介する灘神戸の紬展。東北の雪の風景の藍と白のあの着物は今も心に残ります。フランソァモレシャンさんや辻村寿三郎さんにお逢い出来たのも幸です。灘神戸呉服の重鎮Nさん達も開田に来られ、いろんな思い出が交錯します。それともう一つ、その頃娘は小学生、下の息子は保育園生、特に息子に接する時間が取れず、この頃の思い出が無いのが一番悔やまれます。